翌日、慎司とセリナは優菜の提案で市場へ向かった。優菜曰く、「町の変化を知るなら、まずは人々の声を直接聞いてみるのが一番いい」とのことだ。市場は相変わらず賑やかで、観光客と地元の店員たちのやり取りが活発に行われている。
「ここだけ見たら、何も問題なんてないように見えるよな。」
慎司が市場を見渡しながら呟くと、セリナが小声で答えた。
「そうだね。でも、ほら、あそこのおじさん……」
セリナが指さしたのは、露店を構えている中年の男性だった。彼は笑顔で接客しているものの、その表情にはどこか疲れが滲んでいるように見えた。
店員との会話
慎司とセリナは、その男性が営む露店に近づいた。男性は二人を見るなり、商売用の笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「いらっしゃい!楠の蜜菓子、今なら試食もできますよ!」
「ありがとうございます。でも、今日は少しお話を聞かせてもらえませんか?」
慎司がそう切り出すと、男性は一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「話、ですか?」
「はい。この町で昔から暮らしている方の話を聞きたいんです。」
男性は少し考えた後、試食を勧めていた手を止め、小さくため息をついた。
「まあ、話くらいなら……。でも、昔の話なんて面白くないですよ。」
店員が語る町の変化
「この町が観光地になったのは、だいたい5年くらい前からですかね。それまでは本当に静かな田舎町で、農業と林業くらいしかなかったんです。」
男性はそう言いながら遠くを見つめるような目をした。
「観光地になるのは悪いことじゃない。お客さんも増えたし、町にお金も入る。でも……」
「でも?」慎司が先を促す。
「何というか、みんな無理してるんですよ。特産品が売れるのはいいことだけど、その分、地元の人たちにはプレッシャーがかかってる。観光客の期待に応えなきゃいけないってね。」
男性の声には、どこか諦めが混じっていた。セリナもその言葉に頷きながら口を開いた。
「私もそう感じることがあるよ。みんな笑顔だけど、心から笑ってる人は少ない気がする。」
慎司は男性の話を聞きながら、町全体に広がる「作られた明るさ」の正体に少しずつ気づき始めていた。

偶然の再会と新たな疑問
市場を歩き回っていると、慎司たちはまた田代優菜に出会った。彼女は何やらメモ帳を片手に露店を観察している。
「また調査か?」慎司が声をかけると、優菜は振り返り、真剣な表情で答えた。
「うん。特産品がどうやって作られてるか、もっと知りたくて。」
「特産品の作り方?」セリナが首をかしげる。
「そう。楠の茶も楠の蜜菓子も、御神木の力を使ってるって言われてるけど、それがどんな風に使われてるのかは誰も詳しく教えてくれないんだよ。」
慎司はその言葉に引っかかりを覚えた。
「確かに、あれだけ有名な特産品なのに、製法についてはほとんど聞かないな。」
優菜はメモ帳を閉じ、慎司たちを見つめた。
「町のみんな、特産品の成功を誇りに思ってる。でも、その裏で何が起きてるのかを知る人は少ないと思う。」
慎司はその言葉に小さく頷きながら、自分の中で湧き上がる疑問を押さえきれなかった。
町の影響を受ける人々
その日の帰り道、慎司たちは市場の近くで、一人の若い女性がベンチに座り込んでいるのを見つけた。彼女は特産品の袋を握りしめながら、疲れ切った表情をしていた。
「大丈夫ですか?」慎司が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……特産品を食べてると、気分が良くなるって聞いて……それで買ったんですけど……」
彼女の言葉は途切れがちで、その目には焦点が合っていないように見えた。慎司は彼女の姿に不安を感じながら、静かに続きを促した。
「それで、どうでした?」
「最初はすごく良かったんです。気分が明るくなって……でも、最近は、何かが足りない気がして……もっと食べなきゃって思っちゃうんです……」
その言葉に、慎司とセリナ、優菜は目を見合わせた。特産品が人々に与える「幸福感」は、本当に安全なものなのか――。慎司の中で、その疑念が一層大きくなっていった。
次へのつながり
その夜、慎司は実家に戻り、父親の日記を再び開いた。日記には「御神木の力が暴走すれば、町に災いを招く」という一文が記されていた。
「災いを招く……?」慎司はその言葉を呟きながら、翌日、御神木の周辺をもっと調べるべきだと決意する。
セリナと優菜、そして自分自身が感じている違和感――その全ての答えが、御神木に隠されているのかもしれない。
第6話へ 残り10話
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