翌日、慎司は約束どおり、田代優菜と一緒に地元の図書館へと向かった。優菜の案内で辿り着いたのは、図書館の奥まった場所にある「郷土史コーナー」だった。埃をかぶった本棚が並び、訪れる人はほとんどいない。静かな空間に差し込む日差しが、古びた本の表紙を照らしている。
「ここか……雰囲気あるな。」
慎司は周囲を見回しながら感心したように呟いた。
「ここ、みんなあんまり来ないの。でも、昔の町のことを調べるには一番いい場所だよ。」
優菜は慣れた様子で棚を探り、本をいくつか慎司に渡した。
「まずはこれを読んでみて。この町が観光地になる前の話が載ってる。」
慎司は本の表紙を眺めた。『楠木町の変遷』と題されたその本は、しっかりとした装丁ながら、長い間誰の手も触れていないようだった。

町が変わるきっかけ
慎司はページをめくりながら、町の歴史を辿る。そこには、楠木町が長年、農業と林業を中心にした静かな町だったことが記されていた。しかし、ある時期を境に観光業が急成長し、特産品「楠の茶」と「楠の蜜菓子」が町の経済を支える柱となったという記述が目を引いた。
「『特産品の成功は、御神木の力を活用した結果である』……」慎司は声に出して読み上げた。
「御神木の力……?」
優菜は慎司の横で小さく頷いた。
「昔から、御神木には『人々に幸福感を与える』っていう言い伝えがあったの。それを使ってお茶やお菓子を作り始めたのが、今の特産品のきっかけなんだよ。」
「でも、それって本当にただの伝説じゃないのか?」慎司が疑問を投げかける。
「普通ならそう思うよね。でも、実際に特産品を食べた人が『気分が良くなる』って言ってるし。」
慎司は本に目を戻しながら、小さくため息をついた。
「御神木の力……そんなものが本当にあるなら、それはただの伝説じゃ済まないよな。」
セリナの参加
その日の午後、慎司と優菜は図書館での調査を終えた後、セリナと合流した。セリナは慎司たちの様子を見て少し驚いた表情を浮かべた。
「なんか真剣な顔してるけど、二人で何か企んでるの?」
「企んでるって……いや、ちょっと町の歴史を調べてただけだよ。」
慎司が苦笑いを浮かべると、優菜が間髪入れずに言った。
「慎司さん、そんなに謙遜しなくていいよ。御神木の秘密を探ろうとしてるんだから。」
「御神木?」セリナは目を丸くした。
慎司は優菜の言葉に軽く肩をすくめながら、セリナに説明した。図書館で見つけた記録や、御神木が特産品の成功に関わっているという話。そして、自分がこの町に戻ってきてから感じている「違和感」について。
「確かに、この町が観光地化したのって急だったよね。私も気にはなってたけど……そんな裏があったなんて。」
セリナは慎司の話に耳を傾けながら、どこか考え込むような表情をしていた。
優菜の調査ノート
「ねえ、これ見て。」

優菜は自分のノートを開き、慎司とセリナに見せた。そこには御神木の写真や、町の古い写真が丁寧に貼られている。
「これ、全部優菜が撮ったたのか?」慎司が驚いたように尋ねると、優菜は得意げに頷いた。
「うん。御神木の写真って意外と少ないから、自分で記録してるの。」
慎司はノートを眺めながら、一枚のスケッチに目を止めた。それは、御神木の根元にある祠のようなものを描いたものだった。
「これ……何だ?」
「昔から御神木の近くにある祠だよ。でも、今は立ち入り禁止エリアになってるから近づけないんだ。」
セリナがその話に反応した。
「私、その祠の話聞いたことある。確か、町の守り神を祀ってるって。」
「守り神か……でも、なんで立ち入り禁止なんだろうな?」
慎司はスケッチをじっと見つめながら、祠に隠された何かがあるのではないかと感じ始めていた。
セリナの思い
その日の夕方、慎司とセリナは優菜と別れ、町を歩きながら話を続けていた。
「慎司、今の話を聞いて思ったけど……やっぱりこの町、ちょっと変だよね。」
「どういうことだ?」
セリナは少し足を止め、慎司の顔を見た。
「みんな観光客に優しくしてるし、特産品が売れて町は活気づいてる。でも、その裏で地元の人たちはどこか疲れてるように見えるんだよ。」
慎司はセリナの言葉に頷いた。
「俺も同じことを感じてたよ。みんな無理して笑ってるように見える。」
「そうだよね。私たちが子どもの頃の町は、もっとのんびりしてて、みんな自然体だった気がする。でも今は、何かに追われてるみたい。」
慎司はその言葉を胸に刻みながら、自分が感じている違和感が、町全体に影響を及ぼしていることを改めて実感した。
次へのつながり
その夜、慎司は実家の書斎で父親の遺した日記を再び手に取った。日記の中には「御神木の力」「祠」「秘密」という断片的な言葉が散りばめられている。しかし、それが具体的に何を意味するのかはまだ分からない。
「御神木……何が隠されてるんだ?」
慎司はその言葉を呟きながら、明日再び優菜やセリナと一緒に動くことを決意するのだった。
第5話へ 残り11話
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