想いはそこにある第13話

【ストレス解消の新習慣】読書が心を癒す理由、知ってる?

プロローグ〜第2話

儀式の決意

慎司が神社に着くと、宮司が待っていた。手には古びた巻物が握られており、その表情にはどこか緊張が漂っている。

「慎司さん、よく決心してくれましたね。」

「これで町を守れるんですよね?」

慎司の声には迷いはなかったが、どこか自分に言い聞かせるようでもあった。

その時、背後から駆け足の音が聞こえた。

「待って!!」

息を切らしながら、優菜が駆け込んできた。

「私がやる!!」

慎司は目を見開く。

「何言ってるんだ、優菜……?」

「私も町のために何かしたい! それに、慎司さんが大切な記憶を失うなんて、そんなの絶対嫌だ!!」

慎司は息を呑み、彼女をまっすぐに見つめた。

「ダメだ。俺がやる。」

「なんで!? 私だって……!」

「こんなこと、中学生がやるべきじゃない。」

慎司の言葉は冷静だったが、その瞳には強い意志が宿っていた。

優菜は悔しそうに唇を噛みしめた。

慎司は優菜を見つめ、静かに言った。

「優菜、俺はもう決めたんだ。」

「だからって……!」

慎司は優しく、だが揺るぎない声で言った。

「見届けてくれ。」

優菜は涙をこらえながら、俯くことしかできなかった。

御神木のただならぬ気配

宮司が慎司を御神木の前へ案内すると、その場に漂う空気に一瞬息を呑んだ。御神木は巨大な幹を月明かりに浮かび上がらせながら、不気味に揺らめくような緑色の光を放っている。

慎司は足を踏み出すたびに、地面から伝わる微かな振動に気づいた。幹に目を向けると、表面がまるで呼吸をしているかのように膨らんだり縮んだりしているように見える。その異様な動きに思わず足が止まった。

「あなたも感じますか?」宮司が冷や汗を垂らして慎司に問いかけた。

慎司は息を詰めたまま、小さく頷く。幹の奥から響く低い唸り声のような音が、じわじわと全身に響いてくる。

「御神木の力が外に漏れ始めています。このままでは、周囲の人々に影響を及ぼしかねません。」宮司の声には緊張が滲んでいた。

「もうあまり時間はなさそうですね……。儀式を始めましょう。」宮司の声に慎司は静かに頷いた。

儀式の準備

慎司は御神木の前に座り、心を静めようとした。だが、近くにいるだけで全身がじんじんと痺れるような感覚が広がる。宮司が巻物を広げ、低い声で儀式の言葉を唱え始めると、御神木の緑色の光がさらに強まり、空気が一層重たくなった。

「最も大切な記憶を心の中で思い浮かべてください。それが御神木の力を封じ込める鍵となります。」宮司の声が慎司に届く。

慎司の頭の中には、セリナとの時間が次々と浮かんできた。幼い頃、一緒に走り回ったこと、川で遊んだこと、ギャラリーで見た絵。そして、彼女の笑顔――。

「……俺にとって、一番大切なのは……セリナだ!」慎司は心の中で呟いた。

記憶を捧げる瞬間

その瞬間、御神木が激しく光を放った。木の幹全体が振動し、大地が微かに揺れる。低い唸り声のような音がさらに大きくなり、木そのものが何かを訴えているかのようだった。

緑色の光が慎司を包み込み、全身がふわりと宙に浮く感覚に襲われる。

光が徐々に慎司の中へと吸い込まれるように入り込み、次第に彼の記憶を奪っていく。

光がさらに強まる中、慎司は自分の記憶が薄れていく感覚を覚えた。

最初は些細なもの

――何気ない日常の一コマ。

そして徐々に、もっと大切なものが消えていく。

「……セリナ……。」

慎司の心の中で、最後にその名前が浮かんだ瞬間、全てが真っ白になった。

儀式の完了と慎司の記憶の喪失

慎司が目を開けた時、御神木の光は完全に消え、幹は静かにそこに佇んでいた。

先ほどまでの脈動は止まり、まるで何事もなかったかのように穏やかになっている。

宮司が慎司に近づき、優しく声をかけた。

「無事に儀式は完了しました。これで御神木の力は封じられ、町も平穏を取り戻すでしょう。」

慎司はぼんやりと宮司を見つめた。

どこかで聞いたことのある声のはずなのに、その人物に対する記憶が曖昧だった。

「慎司さん……大丈夫ですか?」

優菜が慎重に慎司の顔を覗き込む。

慎司は優菜の顔を見つめるが、名前がすぐに出てこない。

(……誰だっけ……)

彼女のことは知っているはずなのに、断片的にしか思い出せない。

優菜は少し息をのんでから、静かに尋ねた。

「……私のこと、覚えてますか?」

慎司は小さく目を瞬かせ、曖昧に頷く。

「……ああ、確か……田代、優菜……?」

口に出した名前に、自分自身で違和感を覚える。

頭の中で彼女の姿は霞がかったようにぼやけていた。

「よかった……!」

優菜は安堵の表情を浮かべた。

「あと……宮司さん、ですよね?」

宮司の顔を見つめながら慎司が言う。

その声には、まるで半分知らない人に話しかけるような迷いがあった。

宮司は慎司の様子に気づき、静かに頷く。

「はい。私は宮司です。慎司さん、あなたがどんな選択をしたのか、覚えていますか?」

慎司は少し眉をひそめたが、答えた。

「……俺は儀式をやった。御神木を封じた。それは分かる。」

けれど――。

慎司は自分の胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えた。

何か大切なものが欠けている。

何を捧げたのか、思い出そうとしても、そこには何もない。

優菜が慎司の反応をじっと観察するように見つめた後、意を決して尋ねた。

「……じゃあ、セリナさんのことは?」

慎司はゆっくりと瞬きをした。

「……セリナ……?」

その名前を聞いた瞬間、慎司の意識が沈むような感覚に襲われる。

脳が必死に何かを探そうとしているのに、何も浮かんでこない。

(……誰だ?)

慎司の顔に迷いが生まれたのを見て、優菜は愕然とした。

「……覚えてないですか?」

彼女の声が震える。

慎司は、セリナという名前を頭の中で繰り返したが、何も思い出せなかった。

それどころか、“セリナ”という言葉に対する実感すら湧かない。

まるで最初から存在しなかったかのように――。

「……すまない。」

慎司はそれだけを絞り出すように言った。

優菜は言葉を失い、そっと涙を流した。

町を離れる慎司

翌朝、慎司は町を出る準備をしていた。

荷物をまとめ、家を後にすると、町の風景を最後に見渡す。

遠くで子供たちが笑い声を上げ、朝市の賑わいが広がる。

市場には活気が戻り、人々は以前のように笑顔を浮かべて働いていた。

その風景を見ながら、慎司はどこか懐かしいような、けれど自分とは関係のない光景のように感じた。

「ここは……いい町だな。」

慎司はそう呟いたが、それ以上の感情は湧いてこなかった。

胸の奥には何か大切なものを失ったような、漠然とした喪失感だけが残っていたが、

それが何なのかは、もう分からなかった。

第14話につづく 最終話まであと2話

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