「もう無理っすよ、狩峰さんの仕事ばっかり押し付けられて……」
昼休み、西村たちは小さくため息をつきながら話していた。
「ほんとそれ。いつも『やっとけ』の一言で終わりだもんな。」
「そうだよな。アイツ、面倒見がいいとか言うやつもいるけど、俺らには仕事押し付けてるだけだろ。」
机の上に積み重なった資料を見つめながら、誰もが同じ気持ちを抱えていた。狩峰に対する不満が徐々に溜まっていく。
「瀬乃さんに相談してみるか……」
***
<人物紹介>
瀬乃(せの)
かつては狩峰の部下として働いていたが、今は同じ営業企画部の別グループを率いるリーダーの一人だ。
狩峰とは対照的に、柔らかい物腰で部下からも信頼を集めている。
***
「すみません、瀬乃さん……」
休憩時間、狩峰の部下の一人、西村が瀬乃に声をかけた。
「ん? 西村さん、どうしました?」
「狩峰さん、最近ちょっと厳しすぎませんか? なんとかならないっすかね……」
瀬乃は少し考え込みながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
「まぁ、あの人なりの考えがあるんじゃないかな?」
「いや、それはわかるんですけど……こっちも限界ですって。」
瀬乃は苦笑しながら、スマホを取り出した。
「わかった。今夜狩峰さんを飲みに誘って話してみるよ。」
***
夜の居酒屋。瀬乃はすでにビールを半分ほど飲み終えていた。
『悪い、ちょっと遅れる。』
スマホの通知を見て、瀬乃は小さく頷く。
「了解しました。っと」
狩峰が店に到着する頃には、瀬乃はのんびりとグラスを回していた。
「悪い、ちょっと仕事片付けてた。」
「狩峰さんが仕事してるなんて珍しいですね。」
「うるせえよ。」
狩峰は軽く笑いながらジョッキを手に取った。
世間話をしながら、瀬乃はふと新人のことを話題に出した。
「新人の様子はどうですか?」
狩峰は少し考え込みながら、ジョッキを口に運ぶ。
「まだまだ、使えねえな。」
「またまた、厳しいっすね。」
瀬乃は笑いながらも、少しだけ真剣な表情になった。
「最近、西村さんたちに仕事押し付けすぎなんじゃないですか?」
狩峰は一瞬、瀬乃の顔を見たが、すぐに視線をそらし、ジョッキの中身を一気に飲み干した。
「……説教かよ。」
瀬乃はポテトをつまみながら、少しトーンを落として言った。
「でも狩峰さん、このままじゃ部下たちの士気下がりますよ。」
狩峰はグラスを回しながら、少しだけ考え込むような素振りを見せた。
「……確かにそうかもな。」
瀬乃は肩をすくめながら、「そのうち痛い目見ますよ」と笑う。
隣の席から笑い声が聞こえてきた。狩峰は軽く息を吐く。
「ま、俺が困ることはねえだろ。」
瀬乃はそれを聞いて、もう何も言わなかった。
狩峰は静かにジョッキを口に運んだ。
***
店を出ると、夜風が心地よく吹いていた。
「遅いし、駅まで送るぞ。」
「大丈夫ですよ。迎えが来てくれているので。」
そう言いながら、瀬乃はスマホを確認する。
「じゃ、狩峰さんも気をつけて帰ってください。」
瀬乃が軽く手を振る。
狩峰はライターの火をつけながら、無造作に手を上げた。
「おう。また明日な。」
紫煙が、夜の街にゆっくりと溶けていった。

コメント